鉛板は100グラムから500グラム

ジャパンカップ・宝塚記念を制しG12勝を挙げ、8歳という古馬になりながらも活躍し続けた大器晩成型の競走馬、タップダンスシチ―。その活躍は2002年の同馬が5歳の時からで、デビュー後23戦目にして初の重賞制覇を成し遂げます。その後G1初の挑戦となる有馬記念では2着に食い込み、迎えた6歳の初戦、東京競馬リニューアル記念では有馬記念の2着入賞をフロック視され人気薄の評価をされますが、それを跳ね返すような見事な走りで優勝。2012 フェブラリーステークス予想続く金鯱賞でも勝利し、宝塚記念ではヒシミラクルを相手に3着と確実に実績を積み上げていきます。その後の京都大賞典では、有馬記念以来同馬が得意としていた逃げで先行するレーススタイルで、宝塚記念に敗れたヒシミラクルを人気を分け合いながら直線で抑えてリベンジを果たし、最強馬の仲間入りを果たします。このように着々と実績を挙げているにもかかわらず、万全の仕上がりで迎えた2003年のジャパンカップでは、第56回有馬記念シンボリクリスエスが圧倒的1番人気、同馬は4番と不本意な評価となります。京都大賞典でヒシミラクルに勝ってもなお、同馬の実力を100%信じていなかったのがファンの評価でした。結果は目に物言わすとばかりに序盤から先頭に立ち、そのまま後続に追いつかれる事も接戦になることもないまま2着に9馬身差の圧倒的な強さで、初めてのG1タイトルを獲得することになります。その後なかなか1番人気を獲得できなかった同馬は7歳になり、宝塚記念でようやく単勝1番人気に支持され、これに応える形で勝利し、G12勝目を挙げます。そして2005年、8歳になっても現役を続け、ジャパンカップでは2000mを1分57秒台という年齢を全く感じさせないハイペースで通過、ゴール手前まで先頭という見せ場まで作り、この時の優勝馬アルカセットのレコードタイム更新のきっかけまで作ったのでした。その後の有馬記念で、長い現役生活にピリオドを打ち、引退を遂げますが、同馬の活躍と実績は現在でも破られる事のない、素晴らしい記録と言えるでしょう。

 
 
 

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